■R&V■

走っていた。
解けてぐしゃぐしゃになった雪を跳ね散らしながら角を曲がる。
曲がったところで大きなプレゼントを持った少年にぶつかりそうになり慌てて身体を捻った。
謝罪が聞こえたかどうか。予定と違う事はなるべく避けたかった。
ぬかるんだ歩道を走って走って、バス停が見えてくる。乗る予定だったバスが止まっていて沢山の人が降りたり乗ったりしている。やばい!
転ばないように細心の注意を払いつつ全身をフルに使って走る。冬なのに汗が頬を伝った。
もう少しで間に合う、そう思って、否そう信じて走った。
「待、」
待って!という前にドアが閉まってエンジン音が大きく響いた。マフラーから人体に有害な黒煙を撒き散らして雪を汚す。
バスは無情に走り去っていった。
毒づきたかったけれど息が上がってそれどころではない。行く人来る人がこちらを盗み見ているのが良く分かった。
呼吸を整えるために屈んだ腰を伸ばした。
「…………あ」
そして車道を挟んだ反対側に立ち尽くす、一番見られたくなかった知り合いが、ポカンと口を開けてこちらを見ていた。



「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・Too bad」
「言い残す事はそれだけかしら」
「そう不貞腐れるな。本当に気の毒だと…ふ」
「笑うな!」
「すまん」
膨れ面でココアを啜れば、向こうは本日のコーヒーに口をつけた。
バス停から1ブロック先の喫茶店。二人の人間があたかもカップルのように…とは言いがたい様子で座っている。
「よりによって、アンタに見られるとはね…」
「ふん」
「末代までの恥だわ」
「子孫を残す気があったとはな」
がっちりと噛み違っている歯車のように二人の発言は近いようで遠い。
「あの馬鹿よりはいいだろう」
「………」
アンタだから嫌なんだ、と出かけた言葉をギリギリで溜息に代える。
「用事はいいのか」
「パーティ。友達ん家のね」
「いいのか、急いでいるならタクシーを使えば「いいの、次のバスでも間に合うとは思うから」
次のバスは30分後。もう間に合うまい。
「…そうなのか?」
あの必死の形相で必死に走って、次のバスでも間に合うだと?
一瞬だけ浮かんだ疑問は頭の中だけで解決させた。おそらくもう、間に合いはしないのだろう。バージルは敢えて追及することなくコーヒーを無意味にかき混ぜた。レディは含みのある視線に耐え切れず目を逸らす。
(……まあ、いいか)
そうお互いに思っているということを二人が知るすべはない。
「お兄さんは?そんなに沢山プレゼントを抱えて。サンタにでもなるのかしら」
バージルの足元に置かれた紙袋の中にはきれいに包装された小箱が幾つも入っている。
「これは、」
その瞬間レディの中に少しの悪戯心が芽生えた。さっき笑われた腹いせにこの岩顔面をちょっとからかってやろう。
「あ、分かった!彼女でしょ!」
「違う」
「いいのよ、隠さなくてもー」
「だから違」
「そんな、お兄さんたら」
「そんなことは」
「またまた「違うと言っている!」
浪々と響いた声は店内を木霊して、新聞を読むビジネスマンが紙面から顔を上げ、スタッフがマグを取り落として割った。
そして、沈黙。
勢いで立ち上がったバージル。
硬直しているレディとその他大勢。
先に我に返ったのは、バージルだった。
「……」
乾いた咳払いと共にゆっくりと腰を下ろす様を店内の全員が見ていた。
普段滅多に顔色を変えないバージルだが、このときばかりは頬が紅潮している。
「…違うと言っている」
先ほどよりは随分と掠れた小さい声でもう一度そう繰り返す。
レディは自分の顔がみるみる綻んでいくのが分かった。
遂に右手で額を押さえて自分を責める彼を見ながら、レディはケラケラと笑い出した。
引っかかったな、馬鹿なバージル!
「ごめんなさい。そんなにムキになるとは思わなくて」
「……もう何とでも言え」
蚊の鳴くような声でバージルが白旗を上げた。
(神様に感謝しなくちゃね)
色々な意味で。