「ハイ」
「どうも。ラテ。トールで」
「OK。3.25ドルよ。ミルクとシュガーは二つずつでよかったかしら?」
「あ?ああ」
「よく来るのね。お迎え?」
「ああ」
「はいどうぞ。良い一日を」
「…アンタもな」



When I met him at arrival gate.



「……あ」
「なに?」
「あの人、ほら、銀色の髪の」
「ああ彼ね」
「ここんとこよく来るわよね。いい男!」
「何言ってんの。彼、彼女いるわよ」
「うそ!ホントに?」
「だってさー。アレはどう考えても、ねえ」
「……そうよねえ。空港に月一で来る奴なんて、大概は…ねえ」
到着ゲート前のカフェテリアの店員が二人、同時にため息を吐いた。
そしてその直後にカフェラテのオーダーを受ける。
「…ほんとカッコいいわね、彼」
「でしょ!髪の毛って染めてるのかしら」
「そうだと思うけど、そう見えないわよね。何してる人なのかしら」
「俳優?」
「ありそう!デザイナーとか」
「あー。意外に音楽家とかも結構素敵ね」
「ギターが似合いそう」
「馬鹿ね。ああいう男がチェロを持ったらきっとクラっと来るわよ」
「チェロかーいいなー」
「なんていうか、あんまりオフィスワークって感じがしないわよね」
「だって見て、あの筋肉。鍛えてるのよ」
「格闘家?」
「有り得る!でも意外に裏社会の人だったりして。こう…金を払えばなんでもやる、みたいな」
「でも銃とか持ってないじゃん」
「アンタ、空港に銃もって来る奴なんて間接的な自殺志願者じゃあるまいし」
「あそっか。じゃあなんだろー。てかこの辺の人なのかな?」
「今度来たときに聞いてみれば?ついでに彼女のことも。砂糖とミルクの量を覚えててあげるくらいは気にしてるんでしょ?」
「まあねー。期待は薄いと思うけど」
「そんなの当たり前でしょ」




* * *




現地の天候が良くなかったせいで一部のフライトに遅れが出ているようだ。本来到着するはずだった時間が過ぎてから三十分が経とうとしている。
こちらとてあまり天気は良くない。大きな窓から分厚い雲の下に燃料補給する小型飛行機や登場案内中の旅客機などが並んでいるのが見える。親猫に乳をねだる子猫ってこんな感じだよなあ、と意味の無い事を考えた。
アルバイトを終えて今からバスに乗るつもりだったが、私は先ほどまで散々話のネタにしてきた人物が珍しくロビーに設えられたソファにまだ座っているのを発見した。
ミルクと砂糖が通常の二倍入っているラテはとうに湯気が立たなくなっていることだろうに。
銀髪の彼は電光掲示板に流れる文字を見ながらそれをズズズ、と啜った。
『今度来たときに聞いてみれば?ついでに彼女のことも。砂糖とミルクの量を覚えててあげるくらいは気にしてるんでしょ?』
バイト中友達が言っていたことを思い出して、私は勇気を出して彼に近づいてみた。
「ハァイ」
「うん?」
「こんにちは。分かる?コーヒーの、」
「…!アンタか」
低い声。当たり前だ。男の人なのだから。でも声と容姿がここまで合ってると逆に完璧すぎる気もする。
「フフ、覚えててくれてありがと」
すぐに気がつかなかったのは、いつものポニーテールを下ろしていたからかもしれない。ふわっとした毛質なのか広がりがちの金髪を耳にかけながら私は横に座りたそうな顔をして隣の席に視線を走らせてみる。駄目もとだったけれど、彼の答えはあっさりしていて且つ、素っ気無かった。
「どうぞ」
「…!ありがと」
「仕事は?」
「四時で上がりなの。…飛行機、遅れてるみたいね」
「ああ。向こうは出たらしいんだが」
「何便かしら?」
「十六便だな。もう三十分は遅れている」
「心配?」
「事故ってるわけじゃないからな」
「あ、それもそうね。あ、クッキー食べる?店の余り物だけど」
「ああ」
紙の箱に入っているドロップクッキーを一枚差し出す。
そして私はついにあの質問をぶつけてみることにした。
「あなた、職業は?」
「アンタ等、さっき話してたろう」
「あ、聞こえてた?ごめんね」
「いや、いいさ。俺は目立つから」
自分でも目立つということは理解しているようだ。
その髪地毛?と喉まで出掛かった質問を飲み込む。それも知りたいけど、今は違う事を聞いているのだ。
「で、何をしてる人なの?」
そう。私が知りたいのは彼が何者なのかということ。
俳優だったらきっとそのうち売れると思うから今のうちにサインを貰うことにしよう。
「…まあ、取り敢えずチェロは弾かないな」
「あら!」
漸く彼が笑った。やっぱり心配していたんじゃないかと思う。
私と話している間も登場ゲートから目を逸らすことなく大きなスーツケースを持つ人を目で追っていたのだ。
こんなに愛されたら幸せだな、と知らない彼女にちょっと嫉妬。
「俺の仕事は、」
彼はそこでいったん言葉を切った。そして立ち上がって軽く手を上げた。
視線を辿ると、そこにはきれいな赤毛の女の子が大きなボストンバックを下げて手を振っていた。
あれが彼女か。うん、やっぱり可愛い。
「良かったね」
「ああ」
「また店に来てね。今度は遅れても冷めないように熱めに淹れてあげるわ」
「ありがとう。…ああ、俺の仕事だけど」
そう言って彼は内ポケットから名刺とペンを取り出した。名詞の裏にさらさらと何かを書いている。
「俺は何でも屋だ。何かあったらそこに連絡してくれ。アンタの依頼なら歓迎するよ」
とんだダークホースが出た。『何でも屋』って、何をする仕事だろう。なんでもしてくれるのだろうか。
彼は名刺を私に持たせると彼女の方へ歩いていった。その顔はやはり先ほどの笑みとは違って、子供のように嬉しくてはしゃいでいる目をしていた。
二人は二三言話して、次の瞬間にはキスをしていた。公衆の面前だというのに。周りの人たちが苦笑いで見ている。
彼はまたこちらをみて、少し照れくさそうに笑って片手をあげた。私もそれに応えて手を振り返す。そして彼女にもにっこり笑いかけた。彼女もまたにっこりと笑い返してくれた。
二人がいなくなったあと、私は名刺に目を落とす。
『Devil may cry』。面には店の名前と思しきそれと電話番号しか書いてない。名前も住所も書いてない。名刺の役割をあんまり果たしてないと思う。
私は先ほどの走り書きを思い出して名刺を裏返した。

「……『合言葉』って何?」

そこにはやはり名前も住所も書いておらず、『合言葉』とやらが書き記されていた。
私は明日この名刺を友達に見せびらかそうと思っていたが、やめることにした。
俳優よりチェリストより面白い答えで良かったと思った。