Anyway, how if it prays to the god as usual?
納得できないのだったら、いつもみたいに神にでも祈ってみたら?





Pantheism

はんしんろん








「君はいつもこの道を通るのだね」
「アンタ誰」
疑問を疑問で返してから私は振り向いた。
季節は、秋。何処かで金木犀が強い芳香を放って短い生を謳歌している。
あの強く甘い匂いはまるで死の香りだ、と思う。
通ってきた道は街灯が一つ頼りなく灯っている。はずだったが、消えていた。
宇宙からもその明かりは捉える事が出来るはずの東京では考えられないような暗黒の空間に一人の男。まるで真冬のような分厚いダッフルコートを着て目深に被ったニット帽に隠れた瞳からは、否、体全体からはまるで生の匂いがしなかった。
「君は有名だね」
「そうね」
「ほう。自覚しているのか」
「まあね」
「はじめて見た。まだ高校生か」
「もう、高校生だと言って欲しいな」
にこ、と男が笑った。私はあくまでも真面目にいったつもりなのだが。
ざざ、と風が暗い世界を駆け抜けてゆく。闇に染まりきらなかった木が葉を揺らし、乾いた葉が何枚か千切れて舞い上がっていった。





「100万回生きた猫より長い年月を持って今ここに生きている君にとって、今とはどういう世界なのか―――教えてくれないか?」




唐突に男が駆け出した。
走りながら左手は袖口からナイフを取り出し、ダン、と大きく勢いをつけて跳躍した男は、躊躇う事無く私にナイフを振り下ろした。
半歩引き身体をずらしてナイフをやり過ごし、バックステップで距離を取る。続けて仕掛けられた足払いはバックステップの延長で大きく跳躍しバック転でかわした。
「しなやかな動きだ。それも・・・」
「新体操部なの。関係ないわ」
教科書とノートが詰まったバッグが揺れる。ぱり、という感触がして、今の一連の動作のどこかでソックタッチの糊が取れてしまったのを知る。紺のハイソックスの左だけが下がっている。
少しの会話、続けてまた間合いを詰めようと男が駆け出す。
私はちょっと辟易した。
逆手に持ち帰られたナイフが弧を描いて、その軌跡は間違いなく私の頚動脈を分断するためのものだった。
光無いこの場所にあってもその刃は鈍く低俗に光る。
私はそれを無造作に掴んで止めた。
男は握られた刃を見て、引き抜こうと力を込める。私はそれを上回る力でそれを制した。

「驚いた?知っているくせに」

肉に刃が食い込む。力を込めたせいで骨に到達してしまったと思う。
男の目が見開かれた。柄から手が離れ、恐怖のためか一歩二歩と後ずさってゆく。
風が吹く。私の髪を舞い上げて通り抜けてゆく。
ジジ、と空間が歪むようなノイズ。地響きと地鳴り。真っ黒だった空が深紅に染まってゆく。
私は手のひらに食い込んで未だ離れないナイフに左手を掛けた。血は出ないのに、肉と刃の間に空気が入ってずちゅ、と汚い音がしたが、これは男に聞こえただろうか。


你知道我是谁
You know who I am.
あなたはわたしをしっているのに
Você sabe que sou eu.
Sie wissen, wer ich ist.
당신은 내가 누군가를 알고 있다.
Vous savez qui je suis. 
Вы знаете я.


沢山の私の声がこだまする。
私が発したのではない。大気が震えて音声多重の『私の声』を作り出しているに過ぎない。
「本当なのか、君は本当に、」

私は口を塞いだまま、言った。ノイズの掛かった大気が私の代わりに私の言葉を紡ぐ。


 

Я симптом заре и симптомом вечером.
I am the symptom of the dawn and the symptom of the early evening.
私は暁の明星、宵の明星。

Если я тем, также ночью в первой половине дня.
If I order, also the night is morning.
私が命じれば夜も朝になる。

Если я тем, зимой умирает, весной родился.
If I order, the winter dies, spring is born.
私が命じれば、冬が死に、春が生まれる。


「何故なら、私が『神』。世界『そのもの』」


紅に染まった夜は、歪曲させた世界は、悲鳴を上げるかのようにミシミシと唸った。
地鳴りは地響きに変わり、大地に亀裂が走る。
「あなたが誰なのかは聞かない。あなたのような人は今も昔も吐いて捨てるほどいるから」
だから私は救うのを止めた。
必死に祈り、縋り、自分だけはと救いを求める人間には、もううんざりしている。
「人を救うのは金。金を生むには労働。人は既に無から有を生み出す力を持っている。何故なら、金そのものすら知恵によって生み出されたものだからだ。私などに縋らずとも生きて行けるというのに。あなたは私に問うた。『100万回生きた猫より長い年月を持って今ここに生きている君にとって、今とはどういう世界なのか―――教えてくれないか?』と。答えよう。今の世界は、それそのものが『わたし』という存在だ。世界を憂い神に祈ることそのものが、神を冒涜しているのだよ。君は教祖か?誰を信じて祈る?そのために本当の『神』たる私が疎ましくなった末の行動か。そんなことをしたところで、こんな『人を殺めるための道具』などで私が死ぬとでも?」
ナイフが宙を舞う。
男は地割れに足を取られて転倒した。
しりもちをつきながら私を見上げるその瞳には恐怖が見て取れた。

「私はお前たちの『神』たる存在であることに絶望している。お前たちの絶望には私がいた。だが、私の絶望にお前たちはいない」

空間が捻じ曲がったため道に沿って建っていた家がグネグネと捻じ曲がる。
ブロック塀が崩れ、植木が倒壊した。
風は熱を帯びて空を翔る。
男が生唾を飲み込み、喉仏がごくりと動いた瞬間、



全ては元に戻った。



不快な振動も止み、崩れたはずの木々や塀は元通りに収まっている。割れたはずの地は元のようにアスファルトに覆われ、紅色の空は、もとの濃紺に染まりなおされた。
芋虫のように縮こまって土下座の体勢で蹲って動かない男の前で屈んだ。目線を合わせようとした。
「『誰も誰かを救えない』。救ってはいけなかったのよ。その瞬間、それその存在を背負うことを失念していた。お前たちの営みを背負うなど、真っ平御免被る。自分の足で立ちなさい。そして歩きなさい。『人も神も、誰も救えない』のだから」
だから私は彼らの『神』であることをやめ、その中で静かにひっそりと生きていくと決めた。
それはそれで、苦労が多いことも分かった。目下私を悩ませるのは数Uであって世界が何故平和にならないかではない。来週に控えた模試だって、全く勉強していないのだ。
そんなものである。神は世界を創ることも滅することも出来るが、微分積分は苦手なのだ。
「まあ、じゃあ、いつもみたいに神にでも祈ってみたら?
それで気が休まるのならば、好きにすればいい」
助けてはあげないけれど。そんな余裕なんて決して無いけれど。
気の持ちようと言い始めたのは私ではない。人間であるからして。
私は長嘆息して立ち上がった。
鞄を持ち直して、男を置いて、帰途に着く。
今日のご飯は何だろう。から揚げがいい。私はから揚げが一番好きだ。





「愚か過ぎて付き合いきれぬ」





大気が震えて私の代わりにぼそりと呟いた。

風に乗って低く掠れた、そして震えている経が聞こえた。




* * *

神様は文系女子高生。
遅れましたが、6666HITっていうことで敬知さんに捧げます!
『盲信す人々』で合っていますでしょうか。。すいません!!!日が経っていて記憶が・・・。(おまえなー)
次からちゃんとメモっておきます。((((((((orz