「U−DO−N?……ウドン?」
グロスリーストアの一角、銀髪の目立つ男が棚へと手を伸ばす。
「なんだこりゃ。ヌードルか?」
白くて太くて、彼が知っている所謂『麺』ではない。だから、興味が湧いた。
うどんとはそもそも、丸麺では断面の直径が1.7mm以上、角麺では幅1.7mm以上のものを「うどん」としており「ひやむぎ」の角麺(幅
1.2〜1.7mm、厚さ1.0〜2.0mm)と区別している。またこの規格とは別に、製法の違い(麺棒や機械で生地を伸ばしてから切るか、細く丸めた生地を引いて伸ばすか等)、社会通念上も、細い麺の「細うどん」と「ひやむぎ」は明確に区別されている。
通常、薄力粉・中力粉に若干の塩を加えた生地から作られ、醤油を用いただし汁(つゆと称す)に入れて供することが多い。西日本ではうすくち醤油を用いた透き通ったつゆが用いられ、東日本ではこいくち醤油を用いた、黒っぽく濃厚なつゆが用いられることが多い。
手軽な庶民食、米食の代用食として、また祝い事に際して振る舞われる「ハレ」の食物として、古くから日本全国で親しまれてきた。調理法や具材には地域性が強く反映され、様々なバリエーションが存在する。
しかし文化圏外の彼がその事を知っているわけがなく。
(……まあ、食べれるんだろう)
…見るからに虫の形をしているが。
ダンテは無造作にふた袋手にとってカートに投げ入れる。
そしてそのままレジに直行した。
UDON
(えーと、鍋に水を入れる)
シンクの中にに無造作に鍋を置き蛇口を捻る。
(300?300ccってどんぐらいだ?)
などと考えている間にあっという間に小さい鍋からあふれ出る水。
慌てて止めて、水をこぼした。半分ほど残して少しの逡巡の後コンロの上に置く。
(沸騰した湯にめんとつゆを入れ、…まあそんなしっかりせんでも大丈夫だろ)
食べれればいい。所詮自分が作って自分で食べるわけだし。
明らかに500ccはあるその水の中にうどんとつゆを入れて火をつける。
接触が悪いコンロはバチバチと不穏な音を立ててから青白い火を吐き出した。
内心冷や汗をかきつつ沸騰を待つ。
待つ。換気扇をつけた。
待つ。
待つ。尻を掻く。
待「なんだよ。まだ沸かねーのかよ」
鍋の中はようやく小さな気泡が出て来たところである。そもそも分量を尊守して作らないダンテに非があるのだが。
ふあ〜あ、と欠伸をして雑誌を手に取る。2・3ページ捲った後でテーブルに腰掛けた。
あくまでテーブルに、である。椅子ではない。
数分後。不気味なボコボコという音に顔を上げて見てみれば、沸点を通り越してしばらく経った鍋がそこに。
ぼっこんぼっこんと沸騰するそれは、心なしか火にかけたときの半分くらいに減っている。
「おわわ、あぢっ、ンだよチクショウ!」
雑誌を投げ捨ててコンロの火を消す。沸騰した湯が悪魔のごとく跳ねて手に掛かった。やけどになったとて瞬時に治ってしまう身体。でも、熱い事は熱い。
火を消して尚沸騰したままと言う事は相当ほったらかしてしまったとみえる。
沸騰が治まり湯気だけがもうもうと立ち上る其れをテーブルに移動させ、直に置く。
出来上がったそれは明らかにうどんという名を冠するに相応しくない物体に成り果てていた。伸びためんはつゆを白く濁らせた。そのつゆは凝縮されて明らかに、黒い。
具も何もない素うどん。
クレイジーなモノ食べる人間もいるんだなあ。きっとそいつらは悪魔と契約して力の代わりに舌を差し出したんだ。
無論、作った側に大いに問題がある。
箸で食べる、というような表記がなかったためダンテはフォークを取り出した。
そのまま食べようとして、フォークに不穏な汚れがあることに気が付いて一度洗う。
改めてうどんと対峙したダンテは、その見た目の悪さに生唾を飲み込む。
(よ、よし…)
食べるぞ。食べなければ。
(……)
しかし一向に箸ならぬフォークは伸びない。その代わりめんは着実に伸びて言っており、激しく食欲を殺ぐ。
(死ぬ気で食べなけりゃ、死ぬ)
決してそんなことは無い。
(よし、食うぞ。食う…ぞ)
これは拷問か何かなのだろうか。そう考え始めた頃、がちゃ、と扉が開く音がした。
「ニョッキを食べようとしたイタリア人が、やっぱりパスタが食べたくなって無理やり伸ばしたらそういう食べ物になるんじゃないかしら」
「トリッシュ!」
「何、それ」
振り返ると扉の前に金髪の超美人。この場合の『超』には色々な意味が含まれている、とダンテは心中で付け足した。
トリッシュは鍋の中を覗き込んで、少し考えた後言った。
「うどん、なのよね…きっと…」
うわあ、という曰く言いがたい表情の彼女を見上げてダンテは困ったように笑った。
「知ってるんだったら待ってりゃ良かったな」
そしたらもうちょっと上等な昼食にありつけたかもしれない。
「軽量カップくらい買いましょうよ」
いい加減に。
トリッシュはそう言いながら冷蔵庫の中に食材をてきぱきとしまって行く。
もはや食べる気も無くなりフォークが宙を彷徨う。
「食べなさい。そして、作った人たちに全身全霊で謝ることね」
冷蔵庫から顔を上げ、心を見透かしたようなことを言うトリッシュに肩を竦めて返事をする。
「…夕飯は期待してる」
「今日の夕飯は、これよ」
そう言って彼女が掲げたものを見て、ダンテは今度こそ死ぬ気でうどんを掻き込んだ。
彼女の手にあったのは、海鼠だった。
海鼠。
棘皮動物門ナマコ綱に属する海生の動物の総称である。
マナマコのうち、体色が暗緑色から黒色のものは青ナマコまたは黒ナマコと呼ばれ、体色が栗色から褐色のものは赤ナマコと呼ばれる。
日本では古来食用にされ、旬は初冬。体重の90%以上は水分で、たんぱく質の大部分はコラーゲンである。
干さないナマコの場合、酢の物として食べることが多い。 また、腸などの内臓を塩辛にしたものはこのわたと呼ばれ、日本三大珍味のひとつとされる。
全体を干したものは煎海鼠(いりこ、またはきんこ)、卵巣を干したものはこのこまたは口子(くちこ)と呼ばれる。
「美味しいのに」
「…世界中にそれしか食材が無かったとしたらオレは餓死する自信があるね」
アンタが作ったそれより明らかにマシよ、とトリッシュは心中で呟いた。
END.