くる、と思った瞬間にはもう目の前にあった。
避けても良かったが後が面倒なので殴られておく。
「どうして、お前は!」
手加減ナシのフックは見事に頬骨を砕き舌を噛み切らせた。鉄の味が口の中を占拠する。
「何がだ」
「それだよ!」
苛苛を通り越して怒髪天を衝く勢いでダンテが犬歯をむき出した。
普段より随分悪魔のような形相ではないか。いや、悪魔と言うか獣、か。
「どうして、…どうしてアンタ、たった一つのことが言えない?」
がしりと胸倉を掴みあげて憎しみのこもったまなざしに暴露される。瞳は怒りに燃えていつもの蒼ではなかった。血のような赤い色をしていた。
「どんだけアイツは!」
ダンテの興奮振りと反比例するようにバージルの心中は風が凪いだように静かだった。
穏やかに、けれど力を込めて掴んでいる手をどけた。
「話が見えない」
「それは、アンタが、これっぽっちも考えてないからだ!」
アンタはオカシイ。肝心な時にその立派な頭を全く使おうとしない。いつも俺には考えろって言うくせに!
ダンテは立て続けにそう怒鳴ると手近にあったビリヤード台を蹴った。
足がもげてガクンと倒れる台。水平を失って転がりだす玉。
ぜいぜいと肩で息をするダンテを冷ややかに見つめながら、バージルはようやく思考を開始した。ダンテの言うように、先ほどから殆どモノを考えると言う動作をやめていたのだ。
何故、この馬鹿が自分を殴るほど怒っているのか。
「……」
それは先ほどまで此処にいた、彼女にまつわる事なのだろうか。
「……アンタさ、今日が何の日か分かってるよな」
「ああ、まあ。…しかしそれが何に関係するのか分からない」
2月14日。それで?だから?
「本当に分からねえの?」
弟は呆れを通り越して哀れんでいるようにすら見える。
それでいよいよ本格的に記憶を呼び戻そうとすると、先ほどの一悶着で吹っ飛んだ小さな包みをダンテが拾い上げた。赤と茶色のラインが引かれた包装紙に青いリボンと金色のシール。
趣味のいい包装が決して箱の中身は質の悪いものではないと語っている。
「『Will you be my Valentine?』。これはスラングなんかじゃねーよ」
冗談で言えるようなことでもねー。
依然として哀れむような顔で小さく笑った弟はそう呟いた。
「そうなのか」
「ああ」
ぐしゃりと箱が握り潰される。
過激な行動に眉を顰めた。それは自分宛であったはずだ。コイツに握り潰される筋合いは無い。
「お前にこれを受け取る権利なんてねーんだよ、バージル」
それを読み取ったのかダンテが口の端を引きつらせた。
ビリビリと叩き付けられる殺気に反応して柄に手が掛かった。






「…お前に負けるのはこれで何回目だ?」
鼻先に押し付けられた銃口の冷たい感触。
鎖骨を圧し折って閻魔刀が突き刺さっているにも拘らず銃はぴたりと同じ位置で静止していた。
刃を伝って血が滴る。それが頬に落ちる。
傍から見ればなんともおぞましい光景だ。
「………ダンテ?」
前髪で影になっていて、今こいつがどんな表情をしているか見えない。けれどそこから滴ってくる血ではない別のもの。
「なあ、アンタ考えたことあるか?人の気持ちって奴をよ」
「…」
「どんな気持ちでアイツはアレを遣したと思う?」
「それは、」
瓦解した記憶が震えるような感覚に見舞われて視線が泳ぐ。
耳鳴りと頭痛が遠くから忍び寄ってくるのが分かった。それはいつも何か失われたものを思い出そうとすると発症する。
カチャ、と安全装置が外されて、次の瞬間にはドガンと鼓膜の近くで爆発音がした。
ダンテが銃を撃ったのだ。自分の鼻先ではなく、すぐ近くの床が抉れた。
身を引いてダンテは背を向けた。
ぐす、と鼻を啜る音がした。
「すまない。思い出せない」
「いいよ。思い出さなくて」
でもさ、とダンテは再び安全装置を作動させた銃をホルスターに落とした。
「執行猶予だ。一ヶ月考える時間をやるよ。一ヵ月後…答えが出るとしたら一ヵ月後の今日だ」
ただし、思い出すんじゃない。考えるんだぞ。
充血した蒼い瞳が指先と共に突きつけられた。
「でなかったら今度こそ殺してやる」
あまりにチャチな脅しに苦笑を禁じえない。
ダンテは再び背を向けたが、その挙動に殺気は感じられなかった。


「…因みに、罪状は?」




無知罪





Happy Valentine.
And good luck boys.