ペプポペ、と腑抜けたアラームが鳴る。
それで布団の中を弄って携帯電話を探し出し、止める。




Day a fter Today.




スヌーズの意味は結局分かっていない。別に知らなくても困らない。
世の中には知らなくてもいいことって本当にあるんだなあ、とどうでもいいことを考える。早く起きればいいのに。
結局また15分後に仕掛けたアラームが鳴って考え事からフェイドアウトしていた意識が再覚醒。あ、このパターンは不毛だ。
時計を確認。いい時間。この場合の『いい』と言うのは決していい意味ではない。
身を起こして、少しだけぼーっとして、カーテンを開けた。
今日も、晴れ。
もそもそとパジャマを脱いで着替え。着まわしなんて考える時間を睡眠に当てているため今日も昨日も似たような格好。私が思うに、お洒落と言うのはしかるべき時にすればいい。毎日可愛い格好がしたい、と考えるような性質ではない。
携帯電話をバッグに仕舞って玄関に置く。
タンブラーとタッパーを用意して、冷蔵庫から卵とベーコンとレタスを取り出した。
戸棚からベーグルを出して、二つに切る。その間にベーコンとレタスを適当に切って入れる。卵は今食べる事にして、改めてトマトを冷蔵庫から出す。少し厚めに切って挟めばサンドイッチの出来上がり。
タンブラーは空のまま。学校に行く途中でスタバに寄るから。
卵は目玉焼きにして、トーストと一緒に平らげた。
いつものチャンネルでいつもの番組でいつもの占いで今日は一位の乙女座で、チャンネルを回したら別の今日の占い。乙女座は最下位。なんなんだ、まったく。
歯を磨いて顔を洗って化粧をしたらもう出発しないと拙い時間だった。
戸締りとガスの元栓を締めて、一瞬洗濯物の山が目に入って、あーやべ、帰ったら洗濯しないと、とか考える。
靴を履いてバッグを持って扉をくぐって鍵を閉めて。ガチャガチャ。確認。
朝なのに薄暗い通路。貼りついたような扉たち、私はその扉の向こうの住人の殆どを知らない。
寝ているのか既にいないのか、それか空き家か。それも興味が、無い。
靴の中に踵を入れてエレベーターに向かって歩く。

毎日毎日、一ミリも変わらない日々にウンザリしないでもない。
それでもそんな事は一瞬だけ。学校について友達に会って一秒後には忘れてしまうような他愛の無い事を話して過ごす。
勉強もしなければならないし、将来については何の保証も無いけれど、私はこの暮らしが結構気に入っている。
朝起きて陽の光を見た時にそう思えるのなら、私はまだこちら側にいるという証。


雲ひとつ無い空はこの国では期待できないけれど、日が昇らない日は無いのだ。


昨日の夜空き瓶に入っていたのは睡眠薬一昨日の夜にはまだ沢山の錠剤が入っていた。
薬の瓶とビールの空き缶が、沢山。
それはつまり、たった一つの目的のもと行動した結果残ったものたちなのだが、私がここでこうして暗い通路に唯一ある汚い窓から朝日を眺めている時点でそれは全く無意味なものになるのだ。
それが信じられなくて、すごい。
日はぐんぐん上がって朝なのに日差しは強い。日傘が欲しいと思った。



そして私は、自分でも唐突だと思うくらい唐突に、卒倒した。



こう、ばったりと、急にふわりとした感覚に見舞われて、それが膝が崩れたのだと知った時は右の頬を思い切り床に打ち付けた後だった。
日差しが眩しい。目が勝手にぐるぐると動くから焦点が合わない。雲が、
唾液が止まらなくて口から溢れた。血ではないのが可笑しかった。
起き上がろうと腕に力を入れるけれど力の入れどころが違う。突っ張った腕が体全体を支えきれなくてまた崩れ落ちる。

分かってる僕は 選ばれし者じゃない
不思議な力を 授かったわけでもない

壊れたステレオのごとく同じフレーズが繰り返される。頭の中で。何の曲だったか考えて、昨日の晩近所迷惑を見越して大音量で聞いていたあの曲だと分かった。

でもこの胸の奥 望みは湧いてるから
けして遅くは無い 旅に出てもいい頃

ああ旅に出たいなあ、と思った。折角取ったバイクの免許は学校に通うためのものではなかったはずなのに。
相変わらず涎はだらだらと出るのに、目は乾いてカラカラだった。
今、とても泣きたいのに。
否、昨日の晩だって泣きたかったし、その前も、ずっと前からずっと泣きたかった。なのに泣けなかった。今も泣けない。人間は不思議だ。
相変わらず静かなアパートメント。いるのかいないのか、何処の扉も開いたところを見たことが無い。
このまま死ぬのかな、と思った。
そうしたらちょっと目の置くが潤んで、私は何故か、酷く安堵した。






扉の一つが軋んだ音を立てて、開いた。



fin