「おう…」
「これはまた、何と言うか」
「煩いわね!嫌だったらいいのよ。別に食べなくったって」
テーブルに並べられた品々は時間がかかった割には量が少なかった。
少なくとも男二人にとっては、とダンテは胸中で思う。
メニューはジャガイモとニンジンが添えられたハンバーグ。そしてコーンポタージュ。シーザーサラダ。
だったのだろう。多分。
しかしテーブルの上には剥いた皮のほうが多いのではないかというジャガイモに炭寸前というよりはもう灰に近いひき肉(塊ではないのだからそう言うしかない)、得体の知れない呪いがかかった謎の液状スライム。
コレが食べ物だというのなら、恐らくコンクリートだってフレンチになる。
「爆撃後みたいだグヘァ!」
素直な次男坊に拳骨が見舞われるのを見て長兄バージルが続く言葉を飲み込んだ。
ダンテをグーで殴って黙らせたレディは彼らの向かいに腰を下ろす。
「大体食費が無くなるほど一体何に使ったのよ。家賃でも滞納してたの?」
キュポン、とワインのコルク栓を抜いて自分の(あくまで自分のグラスのみに)注いだ。深紅の液体がグラスの中でゆらゆらと踊る。まるで生贄の儀式で出される血の杯のようだった。
その問にバージルは視線を横に向ける。冷たい視線に暴露されたダンテが歯切れ悪い調子でもぞもぞ言った。
「ええと、その…実は」
「何よ」
「ううう、バージル」
「お前が悪い」
「ひでえ!」
ダンテが言い渋る間にレディはナイフとフォークでハンバーグ(だったもの)を切り分ける。ギーコギーコと肉を切っているとは思えない音がして、バージルが若干引きつった顔でその様子と自分のハンバーグを見比べた。
「ん?」
「いや何も続けてどうぞ」
視線に気が付いたレディがバージルを見た。それを全力で受け流すバージル。肩をすくめて手に持ったナイフで先を促す。
「で?」
「それがその…女に、全部持ってかれマシタ」
面目次第も無いとダンテが縮こまる。レディは呆れた様子で「やりそうな事ね」と言って石炭のようなハンバーグを口に入れた。バキボキゴリと尋常ではない咀嚼音がする。
バージルが小声で「悪魔だ」と呟いた。
「面目ねえ」
それしか言いようが無いダンテが言う。
「いいけどね。たまには料理を作ってあげるのも」
「料理?コレg」

ガウン!

ダンテの頬からつう、と一筋の血が垂れる。バージルが振り返るとキッチンの窓には小さな穴とそれによって出来たヒビが見えた。なんなんだこれは、拷問か何かなんだろうか。バージルは依然切れないハンバーグを見下ろして生唾を飲んだ。
「いいけどねっつってんだからいいって事にしておきなさいよ」
「お前お嫁に行けないz」

ガウン!

今度は眉間、それも眉と眉の間1ミリの誤差も無く打ち抜かれた。大きくのけぞるダンテ。不意打ちゆえか流石に意識が落ちたようだ。
「おい、大丈夫か」
流石に生命の危機を感じて、無論死にはしないとは分かっているが、バージルが声をかける。
「死んだか?」
「いっそ死ねばいいのに」
銃口から立ち上る硝煙をフッと吹きながら座った目をしてレディが言った。
「ところでいつもは誰が料理しているの?」
ハンバーグは諦めて、せめて加工時間が少ないサラダに手を伸ばしたバージルに向かってレディが問う。
「いつもは買ってきて済ませる。時々ダンテが何か作っているな」
「お兄さんはしないんだ?」
「俺は殆ど食べない」
「え?」
総じてこの食事は危険だと判断し、なるべくドレッシングがかかっていないものをより分けながらバージル。被害が少ないトマトを口に入れた。食事が始まってから初めて口にした食材だった。
「本来俺は食事をしない」
「そんなことって出来るの?」
「悪魔は便利なんだ」
「便利すぎるわ。よく生きてるわね」
「それはこっちの台詞だ」
「え?」
「いや何も」
瞬時に視線を逸らす。うっかり口を滑らせてしまった。
「昔はちゃんと食べていたんだがな…色々あって食べない日が続いたら、食べなくても平気になった」
「コーヒーは飲むよな」
フォークに刺したアボガドを眺めながら言うバージルに漸く復活したダンテが付け加えた。
「そうだな。飲み物は割りとよく摂る方だ」
肯定したのに気を良くしたダンテはだよな、と頷いて笑った。ぶち抜かれたはずの頭はもはや完全に元通りになっている。
「コイツ、殆ど寝ないしなんも食わねーし、最初はマジ引いたよ。一体どうやって動いてんのってさ。胃袋だけ魔界に落としてきたんじゃねーの?」
「そんな器用な真似が出来てたまるか」
「でも、だったら何故今ここでそれを食べてるの?本来のあなたなら、必要ないはずなのに」
「おう。それ俺も思った。俺が作ってやっても二口三口食べればいい方だったのに」
今とて人並みに食事をしているとは思っていないが。
二人の視線が自然とバージルに集まる。バージル自身も、その理由を探すようにテーブルを見回した。
残念ながらそれは料理とは言い難く、したがって栄養の摂取にもなっていないような気がする。
生きるためには、生き物は何かを食べなければならない。
人は長い長い進化の過程で、モノを調理してより食べ易く加工することでその生命を繋いできた。
しかし今バージルの目の前にあるものたちは正直言って『食べ物』の域を大分逸脱しており、それは飼料としてすら『食』の領域から解脱している。
自分がかつて『人らしく』していた頃、母はいつも息子たちと一緒に食事をした。いらないと言っても食べられなくても同じ空間に自分らを存在させた。栄養を摂取する。生きる。しかしそれ以前に母親は、『同じ空間で同じ時間を過ごす』事を何より大切にしていたのだろう。
それにしても今の思考をどうやって説明したものか。特にダンテは、こういう抽象的な話が苦手だった。
「そうだな…社会復帰の一環、というところか」
散々悩んだ末、バージルはかなり端折った表現を使う。自身もこれでは到底伝わるまいと思った。いつものことなので、大半の事は思うように伝わらない。伝わらないのではなく、伝えられないのだということにバージルはこの頃漸く気が付いた。
案の定二人は揃って『しゃかいふっき!?』と叫び、ダンテにいたってはニンジンを喉に詰まらせている。どうやらダンテもハンバーグに手をつけるのを諦めたようだった。
「お、お兄さんからそんな言葉が出てくるとはね…しゃかいふっき、かあ」
「お前『社会』って何だか本当に分かってんの?」
「実は俺も良く分からん。たまにはこうして人間らしいことに付き合ってみてもいいだろうと思っただけだ」
フン、と鼻を鳴らすバージルにダンテが吹き出して笑う。つられてレディも笑ったのでバージルも少し笑った。
「そうかぁ。それならまた作りに来るわね」

『え?』

「よーし頑張るぞー」
『……』
笑顔が少し引きつったのをレディは全く気づかずに一人張り切っている。
墓穴を掘ったのだと漸く気が付いた伝説の魔剣士の息子たちは揃って生唾を飲み込むのだった。

 

*** 

思いやりが裏返される瞬間