ふと気付いたら海の中。


In the “R E D”.



ふと気付いたら海の中。確かここは海から随分離れた街中だったはずだ。自分が知らぬ間に移動したのか海がやってきたのか。自分には良く分からない。
そもそも何故海なのだと分かったかと言うと、ただ単に水に塩分とミネラルの風味がしただけであって、ここが巨大な、湖のようなプールで水は海水に似せて作ってあると言われても納得がいく。水深50センチメートル。底には、妙に細かい粒子の砂。足の間を魚がすり抜けていってくすぐったい。
ザザ、と波が擦れる音がする。

誰もいない。

誰もいないのだが、魚が泳いでいる。
夢か幻か。判断がつかない。

「嘘、だろ?」

埋め尽くされた赤。赤い、赤い。
これは、血、だろうか?
急に鼻腔を付く鉄の嗅ぎ慣れない臭いに思わず鼻を覆う。
脛に当たった感触は肴の其れとは違う、無意識的な接触。
足元を見ればブックリと膨れた、いつも見る其れと比べて随分色が薄い。そして、完全ではない。海水に浸されて比重が重くなったのか水中を中途半端に浮遊する其れは、間違いなく人の掌だった。『掌』、というのは、つまるところ先が無いのだ。その、腕やら持ち主の体やら。小さな魚たちが肉を啄ばむせいでひらひらと揺れる掌はまるでおいでおいでをしているようだ。
一つ気が付けばあとは早い。血の海の中には人間の欠片だとか、端が拉げた『マッサージ』(ジが焦げて読めない)と書いてある看板だとか、自分がよく利用していたファーストフードのピエロのようなマスコットキャラクターの下半身だとか、救急車だとか、破れた服だとか。
その他諸々の自分のいた世界、の残骸。
一瞬で辿り着いた考えは恐ろしく、足がふらりとよろめいて炭化しきった灰を巻き上げる。


ザザ、ザザ。

ザブザブ。

クウクウ。

ザザ、ザザ。

ザザ、ザザ。


この話にはリセットボタンはないのだろうか、と。
ゲームのようにコンセントを抜けば全てが終わる矯正終了スウィッチ。
夢、ならばいいが。
ジリジリと照りつける太陽はやっぱり動かないのは仮想的レアリズム。
本当の意味でのリセットボタンを押してしまった愚かな人間。かつて禁断の木の実を口にしたためにエデンを追い出されたアダムとイブのように。しかし、彼らは二人だった。
自分はたった一人、緩慢な動きでポケットの中に手を入れた。
拉げた金属片原型は二つ折りだった。今なら分かる。
開いてみれば割れた液晶。ボタンを名が押しすればどうにか、電源が入る。

『圏外』

そう、ここは世界の圏外。歴史の圏外。人間の圏外。
ゾーンアウトした生物の上魚と、鳥。

広がり領土を広げゆく、赤。
ゴフ、と咳き込むと痰ではなく血が指の間から滑り落ちた。
目に見えぬ汚染世界が蘇生しないという絶対的証拠。



ふと気付いたら海の中。


ザザ、ザザ。

ザザ、ザザ。

クウクウ。



ザザ、ザザ。

ザザ、ザザ。

ザザ、ザザ。

ザザ、ザザ。




END.