Because the door was shut, I cannot feel you.

Emptiness is canceled in every day, too, and loneliness fades away, too.




君あれば淋しからず




フュルン!としなやかな鉄線が空を引き裂く音を出す。
続けてフックが悲鳴を上げる。
私は得物にしっかりと手をかけて摩天楼から身を投じる。
ぐんぐん降下していく身体。大きな振り子のように半弧を描いて、今度は飛んだ所よりも遥か上空に飛び上がる。
私はフックを解除した。最大値に到達するイメエジ。
一瞬の半重力が好き。
目の端に大きな満月を捉え、全身でその光を浴びるように少し目を瞑った。

鮮やかに翻る裾を思い出して苦笑。

あっという間に臨界点を通過。一回転しながら、降下。
次の瞬間にはもうしっかりと前を見て、頭の上の摩天楼へ再びワイヤーを飛ばす。
バズーカ、と言うべき改造銃器から人一人は牽引できるくらい耐久がある鉄線が一直線に伸びて、止まった。
そして私は再び、猛スピードで世界に堕ちる。



この界隈には二人の不思議な人間が居る。
鼻先1インチ先を銃弾が掠めても眉一つ動かさない通称『悪魔も泣き出す男』。
そしてもう一人、それに負けず劣らず乱暴で荒っぽくて滅法腕が立つと評判の、名無しの女。
二人は交友関係にあると言う。二人をよく知る者は必ず同じ言葉を引用する。

『類は友を呼ぶ』

二人の交友関係は、その一言に尽きるらしい。
だが実際のところ彼と彼女が頻繁に会っているということは無い。
彼らを良く知らぬ者の中には、二人は恋人関係だと推測する者もいたと言う。
しかし、その情報を握った情報屋は悉く現役引退を余儀なくされている。
何時しかゴシップは消え去り、伝説だけが残ってしまったわけである。
話が逸れた。
とにかく、男女は殆ど会うこともなく、ましてや同業のよしみで共闘するなどと言うことは無論なく、時折唐突に会い、適当に世間話に花を咲かせ、唐突に別れるのだ。
お互いに名の知れているものだから敢えて顔をつき合わせずともその評判は耳に入る。
だから、会わなくたって相手の様子は分かる。
分かるが。
「今日びレストランの予約も取れない男は死、有るのみよ」
「悪かったな。今度は飛び切りのフレンチを用意させてもらうよ」
一際高いビルの上。不法侵入者、二人。
一人は赤いコートの男で、もう一人は白いブラウスが寒そうな女。二人ともまだ若い。
「アンタが私を呼び出すのも珍しいわ」
ブラウスの女、通称レディが無関心そうに言う。
「久しぶりにお前の顔が見たk」
ズガン。
赤コートの男・ダンテはセンテンツを言い終わる前に銃殺された。
「次は頭を狙うわ」
銃口から硝煙を燻らせつつ無感動に戟鉄を起こすレディ。
「本当におっかねー嬢ちゃんだなオイ」心臓をピンポイントで射抜かれたはずのダンテがむくりと起き上がって、穴の開いたコートを見て肩を落とす。「いっそ頭を狙ってくれた方が良かった…」
「何?欲求不満なら他を当たって頂戴」
「逆セクハラだ」
「本当に打たれたいわけ?この悪魔!」口ではそうは言うものの拳銃をホルスターに仕舞い、ようやく感情のこもった(この場合の感情とは『呆れ』を指す)言葉を吐いたレディは、腰に手を当ててダンテを睨んだ。「何か用?」
刺々しい視線を受け流しつつダンテは立ち上がった。余程ショックなのか何度もコートに空いた穴を確かめては、渋面になる。
「どうしたんだ」
「…何が?」
「評判が悪い」
「いつもの事でしょ。お互い様よ」
「そうじゃない。そりゃオレも荒っぽい仕事をするけど、最近のアンタは酷い、レディ」
普通の人間はビルを倒壊させたりしない。
真面目な顔でレディを見るダンテ。
しばらく二人で無言で睨みあって、最初に視線を外したのは、レディだった。
「半分悪魔のアンタに言われちゃ世話ないわね」
「おいおい、はぐらかすなよ。これでも心配してるんだぜ」
ダンテは額に手を当てて大げさな素振りで天を仰ぐ。
レディはもう彼を見てすらいない。
「余計なお世話よ。あれは『本命の仕事』だったからしょうがなかったの」薬中のチンピラ相手にするのと訳が違うのよ。彼女はそう言ってバズーカに手を乗せた。「でも大丈夫。扉が開くほどのことじゃなかった」
ダンテはレディから視線を外さない。
「大丈夫」
扉は開かない。
レディは繰り返した。全然そうは見えないけどな、とダンテは心中で呟く。
「まあいいや。大丈夫ならよ」
「…やけにあっさり引き下がるのね」
本当の目的は何?と訝しむ彼女に今度はダンテが背を向けた。
そして、まるで彼の周りだけ重力が消えうせたかのようにふわりと跳んだダンテはフェンスの上に器用に乗った。頼りなさげにフェンスが揺れる。
「言うと野暮になりそうだからやめとく」
どちらにせよ、とダンテは言いかけて口をつぐんだ。
「…?何よ」
「何でも。じゃあなお嬢ちゃん。あんまりじゃじゃ馬だと来るもんも来ないぜ」
唐突に別れを告げるとウインク一つ。そしてダンテはひょい、とフェンスを蹴った。
レディが立っているのとは反対の方向に。
鋼線も何も使わないで文字通り急降下していく彼を見下ろしながら、レディはなんだか腹立たしくなった。
「知った口きくじゃないの、馬鹿」
でも見透かされているようだったから辛うじてそれだけ呟いた。