同居人は出て行った。
世界を見るために。美しい世界というものを、見に行くのだそうだ。
俺には止める権利が無かったから、寧ろそれは彼女にとってとても良いことだと思ったから、行ってらっしゃいという意味を込めて「いつでも帰ってきていいんだからな」と言った。
そしてそんな言葉をアイツにもかけてやったらよかったと思った。
会いたい 会えない
果たしてアイツは生きているのか、という疑問が果たしてアイツは人間として死ねたのだろうか、という後悔に変わってから1年くらいしか経っていない。
しかし心の中では実はまだ生きてるのではないか、そんなことを考えている。
手の傷と、剣を突き立てた嫌な感触がまだ手の中に残っている。
それが彼の死の絶対的な証拠だった。
そっと拳を固めて、奥歯をかみ締める。
何をやってるんだ。
いつもの暮らしが戻ってきたんじゃないか。
電話が鳴るのを待ちながら、合言葉と狩ってくれ、の二言だけを待つ日々。
以前と違うのは、それについての明確な目的がなくなってしまったということ。
悪魔として復讐を遂げて、人として墜ちた兄弟の息の根を止めた。
やることが無い。
電話が鳴らない。
もし、アイツにそれを言った所できっと結果は変わらなかっただろう。
なんとなくそう思う。
やっぱりアイツはその言葉を一蹴して、魔界に落ちて、魔帝に捕らわれて、そしてやっぱり自分がトドメを刺したのだろう。
ピン、と黒電話を指で小突いた。
おいお前、早く鳴らねえとぶっ壊すぞ。
外は雨が降り出したようでしとしとという音がする。
タイムリーな、と舌打ちをした。
「いつでも帰ってきていいんだからな」と言った。
そしてそんな言葉をアイツにもかけてやったらよかったと思った。