思い出すのはいつだって後ろ姿。







ワスレナグサ








雨音で目が覚める。
昨日は晴れていたのに、夜の間に雲が出てきたのか、黒く分厚い雨雲が空を覆っている。
昨日は晴れていたのだから勿論レインコートは鞄の中だ。
幸い木に寄りかかって寝ていたためにずぶ濡れは避けられたが、当分雨足が弱くなるような気配はない。
改めて毛布をかけ直してため息を付いた。
まだ完全には起きていない頭が再びぼんやりとする。

なんだか今日はやたら眠い。
頭に何かが引っかかる。







無としか言いようのない闇の中に堕ちて行く。
落下感はあるものの恐怖は全く感じなかった。

このまま何処までも堕ちていけばいい。

地にぶつかることすら叶わないのではないかというほどの距離を堕ちていく。
感じるのは気だるげな身体と、やはり頭から離れない、何か。

「守りたいものがあるなら全力で守ればいいし、貫きたいことがあれば死ぬ気で貫けばいい。それが出来るからまだ歩こうとしてるんだろ?」

そうなのか。
そうなのだろうか。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

じゃあ何なんだろう。

「それは自分にしか分からないし自分でも分からないものだろ。ただ、お前にゃまだ歩く元気が残ってるってことは誰が見ても明らかだけどな」

誰ダラウ
誰ダラウ

思い出すのはいつだって後ろ姿。

思い出せるのはいつだって後ろ姿だけ。

愛シカッタンダラウカ
愛シカッタンダラウカ

もはや顔も、
声も、
何もかもが曖昧な輪郭しか思い出せない。





それなのに、
まだ自分を立たせるのか。


「闇を見るにはまだ早すぎるんじゃないか?」

遠ざかる記憶に縋るように伸ばした腕は、ただ闇を切り裂くだけで、
このまま堕ちたら何も掴めないと思えた。

しかし

「まだいくなよな」

何かがその手を握り返した。
温かく、それでいて冷たいような、人の手。

自分はその手を知っている気がする。
自分はその手を知っている気がした。










再び目が覚めたときは既に雨雲はどこかに流れて行ってしまった後だった。太陽が高く昇っている。
いつの間にか仰向けになって眠っていたらしい。
よく獣に襲われなかったと己の幸運を喜ぶ一方、ちらりとしこりのようなものが胸を掠めた。
それは遠く彼方に過ぎ去っていった記憶。
もはや顔も、声も、何もかもが曖昧な輪郭しか思い出せない。

しかしその背中だけは今もはっきりと見ることが出来る。

いつ如何なる時も自分の前を歩いている背中を追いかけるために、


立ち上がり、前を向くように、言われなくても歩いていけるように。


昨日は咲いていなかった勿忘草が今日は咲いていた。


fin.